矜持と灯台

【 矜持 】

能力を信じていだく誇り。

自負。プライド。

(広辞苑第六版より)

ある日の打ち合わせで、矜持が話題にのぼった。

私と話をしていたのはあるクリエイティブディレクターだった。

彼曰く、誇りという言葉よりも、矜持、という言葉の方が、意味が分かりにくく、そのため、そこにロマンチシズムというものが生まれる。

だから、誇りというよりも、矜持、と呼ぶことに意義があるとの内容だった。

成る程、と思った。

私は近ごろ別の角度から、矜持というものを意識していた。

矜持、という言葉が使われなくなってきている、という認識からだった。

その言葉を使う人がいなくなるということは、その言葉が指し示す概念やイメージがなくなるということだと思う。

いつの間にか、矜持は誇りやプライドに置き換えられ、我々の世界は単純化、平易化してるのではないか、と思った。

その打ち合わせがあった日、私は撮影現場に移動した。

現場は太平洋に面する海だった。

夜、現場近くのホテルの部屋からは灯台が見えた。

夜の灯台に感じるロマンチシズムは矜持という言葉の持つロマンチシズムに似ている、と思った。

すべての船舶にGPSが備わったとき、果たして灯台は存在するだろうか。

その時、灯台に存在意義はあるのだろうか。

灯台がこの世界から失われた時、灯台の持つロマンチシズムも失われる。

灯台がなくなった世界は合理的で便利な世界だろう。

だが、心のどこかで、灯台が闇の海を照らし続ける世界を希求している自分がいる。

矜持という言葉が消えてしまわない世界を。