アーキタイプ

 生成AIには賛否両論ある。

 いまのところ付き合ってみて、ユングの原型論にある「アーキタイプ」と呼ばれる象徴を含む集合的無意識のようなものではないか、と思っている。

 人が何かを創造する時、必ず何かの影響を受けている。作家だったり、風景だったり、経験だったり。いわゆる作品、と呼ばれるまとまった形式を持つものとなると、それがはっきりする。

 影響はおおよそ生まれた年に依存する。1990年代生まれの作家は、最も影響を受けやすい10代を2000年代に過ごす。すると2000年代の文化の影響を受けるし、2000年代生まれの作家は2010年代の文化の影響を強く受ける。古典、と呼ばれる作品は、10年、100年単位で文化に影響を及ぼすモノなのだろう。

 生成AIはインターネット上に存在する情報を大量にインプット(深層学習)し、人間が入力した言語やイメージに対して、呼応するカタチを抽出しそれらしくアウトプットする。ベースとしてインプット時に学習した対象の影響を受けているだろうし、アウトプット時に人が入力した言葉の影響を反映するだろう。

 おそらくこの数年でインプットされたそれらはインターネット上に吸収された人類の擬似意識のように感じる。人類の情報量の全てと比較すれば氷山の一角のような情報量だろうが、「car」とインプットすると、「car」とは「こういうもの」だ、の「こういうもの」が提示される。

 生成AIは「car」というイメージを「car」にする。つまり人が自分の脳の中から、「car」を抽出し、カタチにするパートを代行するのだ。それは何かを書いたり描いたりするとき、もっとも面白い、と脳が感じるパートでもある。

 今のところ、それ以上でもそれ以下でもないのであまり面白いとは思えないのだが、稀に疑似意識の辺境付近に転がっているものを提示することがあったり、思わぬ言葉の衝突から予想外のイメージを発生させたりする。本来それはエラーなのだろうが、そういったものを自分の脳は面白い、と感じる。そして、その先に何かがあるのではないか、とも思うのだが、それが何なのかは今のところわからない。強いて言えば、シュールレアリスム、無意識と呼ばれる領域に近いかもしれない。

 ユングは人類に共通する夢や神話に着目した。電子情報技術のない時代。時間軸の目盛りが今とはまったく違う。あるイメージが伝播し人の脳に影響を与える時間は悠久だった。

 人間という不条理で不確定性の塊のような存在が、イメージをインプットし、イメージをアウトプットする時間が集合的無意識を形成した。

 この数年で急速に発達したゲリラ豪雨の雲のような疑似意識は人類に何を降らすのだろうか。